2019年02月22日 12:00 - 12:30

徹子の部屋 古村比呂&息子たち

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~がんが再々発…7年の闘病を支えた3人の息子と~古村比呂さん&長男・拳人さん、次男・翔吾さん、三男・大海さんが今日のゲストです。 21歳のとき、朝の連続テレビ小説『チョッちゃん』で“黒柳徹子の母・朝さん"をモデルにしたヒロインを演じた女優・古村比呂さんが、3人の息子たちと登場。 2012年、46歳のときに子宮頸がんを患った古村さん。一昨年、再々発し現在も闘病中の古村さんを支えているのが3人の息子たち。体調が悪いときには、三男の大海(ひろみ)さんが料理を作ってくれると話す。その料理の腕前に黒柳さんもびっくり。そして、闘病で気持ちが落ち込んだとき、思わぬ言葉で立ち直らせてくれたのは、次男の翔吾(しょうご)さん。長男の拳人(けんと)さんは、普段は言えない母への思いを手紙に…。 ☆『徹子の部屋』番組HP   http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/

神谷健志容疑者ら2人は去年10月
店内で飲食中に急性アルコール中毒で死亡した
小坂井晋さんの遺体を路上に遺棄した
疑いが持たれています。
捜査関係者への取材で付近の防犯カメラに
神谷容疑者ら2人が小坂井さんの手足を持って
店から運び出す様子が映っていたことがわかりました。
黒柳今日のお客様は女優の古村比呂さんです。
そして3人の息子さんたちと一緒においでくださいました。
拳人さん翔吾さん大海さんどうぞこちらにおいでください。
今日は闘病を支えてくれた息子さんたちです。
こんにちは。どうもお座りください。
あなた可愛いわね。3人の中にいるとねどの子かのガールフレンドぐらいに見えますよ。
徹子の部屋 古村比呂&息子たち
拍手
ちょっと髪形変わりました?
古村そうなんです。あの…地毛なんです。
ずっとウイッグだったんですけど。
いろんな事やったんで抜けた?はい。
抗がん剤治療変わったんでちょっと毛が生えてきまして。
ちょうどよかった可愛い…。あっそうですか。
似合うわねでもその毛が。ありがとうございます。
すごくよく似合ってる。
みんなどう思ってるか知らないけどお母さん似合ってると思うわよ…。
フフフフ…。似合ってます。
そう…似合ってる。息子さん3人勢ぞろい。
お話は聞いてたけど本当にこれを食べさせてるの大変ね。
ご飯炊いたりなんかして。なんか大きくなりましたね。
長男の拳人さん26歳。はい。
お仕事はもう何かやってる?
今は飲食で基本的にお仕事してます。
飲食で…料理作ってます。お料理作ってる?そうなの。
それから次男の翔吾さん25歳。
徹子の部屋 古村比呂&息子たち
あなたももう仕事なんかしてる?
今はアルバイトをしながら音楽活動をやってます。音楽活動!そうですか。
そして一番向こうの大海さんですけど21歳におなりですって?はい。
あなたは仕事はまだしてないの?
アルバイトをしてそれ以外は何もできてません。
そう。みんな可愛いね。ちょっと立って…。
緊張してますね緊張してます…。でもそりゃあねテレビに出ちゃえばね緊張…。ちょっと立ってみてくださる?
どのぐらいみんなが大きいか。
これですもの皆さん。
あなた本当お家の中でこの人たちをなんか食べさせてるともうご飯なんか炊いたりなんかして大変だろうと思いますね。
本当に大きいもんね。
でも心強いよねやっぱりね。そうですねうん。
どうぞお座りください。ありがとうございました。
今日はね『徹子の部屋』に来てくださってどうもありがとうございました。
あなたは古村比呂さんっていうのは私の母の『チョッちゃん』っていう時にチョッちゃんをやってくださった方なので私からすると母でございます。
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ねえ当時お若いのにあなたね。
この時相当若かったよね?
『チョッちゃん』やった時。
21か22だったと思います。そうですよね。
そのぐらいお若い時からもう…。
今の三男と同じぐらいの年ですかね。
あっそうか。ああいうお母さん…ああいう若かったお母さんを見るとどんな感じがする?
えっ…。若いなとしか俺は思わないです。
若いなとしか思えない…うん。
でも変わらないですよね顔は。顔は変わらない?なるほどね。
ありがとう。そうそうそう…。
そんな言葉が聞けるとは思わなかったので…。
さてあなた方に今日来ていただいたのはお母様の事なんですけど一昨年の11月ですか。
ご出演の時に子宮頸がんの再発…。そうですはい。
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それでその後どうなりました?
その後ですねその時に再発し一度寛解になったんですけどその後また再々発をしまして。
そんな事ってあるの?ねえ…あるんです。
私もビックリしたんですけれども。
で今はまだ終わってはいないんですけれどもがんと向き合ってますね。そう…。
でもお母さんがそういうがんみたいな病気だって聞いた時拳人君はどんな感じしました?その時。
感じっていうか気持ち。
最初…19とか二十歳の時に聞いた時はちょっとがんっていうもの…病気自体をね僕自身が大して知らなかったので単純にすぐ死に直結するとかそういう事の想像だけの大きさだけがすごい大きかったですね。それでちょっと…。
心配だったでしょ?そういう不安はありましたけど。
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翔吾さんはどうですか?
その時すごい…初めてお母さんの口から言われた時は母親の言い方がとてもうまくて。
でもがんっていう病気を初めて身近に感じてショックではあったんですけど自分が思ってた以上にすごい伸び伸びと生きてて。
それはお母さんの言い方がうまかったかなって…。
そうね上手だと思いますよね。明るいもんね。
それで大海さんはどう思った?
そうですねまあ最初言われた時はビックリはしたんですけどやっぱ言い方うまくてそんな重くはないっていう感じで俺の事気ぃ使ってか言ってくれたんです。
それでまあ普段も元気に動いてるし本当に大丈夫なのかなっていうのでちょっと…。
でもそういう風に言いながらもやっぱりこう身動きしたりいろんな事をする時に具合が悪いとかっていう時ありました?
えっと…治療中はやはり戻したりとかそういう事はありましたけれどこうやって笑顔を作りながらもなんかこう…しんどいよっていうのは子どもたちには見せてるので。
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じゃあみんな見てる?まあ…。
じゃあお母さん我慢強い人だって思うでしょ?
かなり我慢強いと思う。ねえお母さん我慢強いよね。
我慢強いし出さないですよね…。それを出さないようにしてる。
やっぱり偉い。いやいや…。
昔は出さなかったんですけどもうここまで長いがんとの向き合い…。
まあ長いよね。
何年間だったっけな初めて聞いてから。
7年…。7年ぐらいになります?
そうです。なので抱え込められないのでもうほぼさらけ出してます。
だからもう我慢強くはないと思います。
長男の拳人さんは大学で映画のお勉強?
そうですね大学…映画の勉強をする大学にいました。
それでカメラ使ってお母様のちょっと闘病の様子を撮影して。その時…最初のがんの時に。
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そうですってね。最初のがんの時。
それの映像がちょっとありますのでいいですか?
見せていただいて。いいですか?
映させていただきます。
こんなとこ撮っちゃってるの?
そうですねこれ手術前に…歩いて手術室まで行くんですね。
本当だわね。えー歩いて行くの?そうなんです。
「じゃあいってきます」
あら…あんな軽くいってまいりますなんて言ってるけど。
あっこれそのあと?そうです。
術後ですね。術後…。
あら大変。酸素やってる。
懐かしいですね。
どんなんだった?あの時。お母さん帰ってきた時。
いや…まあ意識ももうろうとしてたので。
まあねうん。多分ほとんど記憶ないって言ってたんですけど。あっそう?うん。
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ご長男の拳人さんと三男の大海さんは同居してる?そうです。
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それで真ん中の翔吾さんは外に出て。
それでごはん作るのがうまいのは誰だっけ?
大海さん?3人ともうまくて今は大海がよく作ってくれますね。
どんなもの作るの?
どんな…まあ…。
えー!すごいじゃない!
こんないいもの作ってるの?
大海さんそうですね。作りたいものを作って。
上のなんか白いのがのっかってるものは何?
大海さんあれネギです。ネギ?
下は何?下は何?
大海さん下は豚バラ肉の中にレタスを巻いて…。
えー…おいしそう。
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大海さんレモンっぽい感じでさっぱりとした…。
ものの2~3分ででき…。
大海さんこれもう電子レンジだけでできます。
そう?すごいわね。あら変わっちゃったんだけど…。
これもあの…大海が。
左側のあの上の…左側は何?
大海さん鶏肉をちょっとニンニクと照り焼きで。
おいしそう!右は?
大海さん右はタコとキュウリの酢の物です。
これ好きなんです私。あなたが好きなもの?
お母様の好きなものわかってるの?
大海さんまあ…。作ってとは言われますねでも。
ああそう。で下の…右の下はなんです?
大海さんあの…左のと同じでハンバーグなんですけど中にチーズに入れて…。ああそう。
だけどよくあなたこんなの考えてやるわね。
いちいちお母さんに聞かないんでしょ?
自分で大体やっちゃうんでしょ?偉い。
あら可愛い!「ペチャパイ」だって。ハハハ…!
「BBA」っていうのはなんなの?
なんだと思いますか?
これは「ババア」。「ババア」?フフフ…。
徹子の部屋 古村比呂&息子たち
「ババア」って書いてあんの?そうそうなんです。
それはどういう訳であんな「ババア」とか「ペチャパイ」とか書くの?
大海さんおふざけです。フフフフ…。
ちょっと私が元気ない時とかに…。
それで笑わせんの?
可愛いね。でもそういう事やってでもお母様の悪口言ってるみたいだけどババアなんて言いながら笑わせるっていうのはね。
ここのとこに「お母さん」なんて普通に書いちゃってたら笑わないもんねやっぱり。
これ何?
これは次男翔吾がえっと…12年…2012年ぐらいに誕生日お祝いで朝から自分で作ってくれたケーキなんですけれども。
上が「ママ」って?ティラミスが私好きだったんですね。
あっティラミスなの?あっそう。
結構…このぐらい…。随分大きそうね。
おいしかった?おいしかったです。
あらすごいじゃないの。へえー。
でも病院に一緒に行って先生の話を聞いたりするのもいるんでしょ?誰か1人ぐらいは。
ご長男?長男にお願いしてますね。
徹子の部屋 古村比呂&息子たち
一緒に行ったの?そうですね何回か。
そしたら先生どんな風に話すの?
いやまあ担当医の方とかは結構明るくじゃないですけど…。
思い詰める時もあるので。
あっ私がこう…へこんじゃう時もあるんですけどその時は冷静に聞いてくれるので。
でもあなたも心配だけどこれだけ大きな息子さんがいて先生から話聞いてくれたりするとちょっと安心じゃない?
自分が直接聞くよりは。
そうですね。
最初の頃は…7年前はやっぱり自分1人で聞いてたので何を言われたかほとんど覚えてなかったんですね。
そうよね。ショック受けてるしね。
そうです。
でもちゃんと聞いてくれてると思うとなんかそこはあまり…私がしっかりしなきゃって思わなくてもよくなるのでちょっと安心しますね。
なんか前にもあなたおっしゃったけど子どもたちにご自分のそのがんの事をねおっしゃると子どもたちが「うん」って割と軽く流すのであれはどういうんだろう?っつってたんだけど。
徹子の部屋 古村比呂&息子たち
すごいそれが助かる事が多くてですね。
前も3回目…再々発のあとちょっとしんどい時に私家に…キッチン立ってたらどうしてもなんかこう…すごく落ち込んじゃった時に鍋を思いっきりこうぶつけた時があるんですねキッチンに。
へこまないだろうと思ったら意外とへこんですごいいびつになって。
あっどうしようと思ってた時にちょうど三男が家にいまして。こう…来ましてその鍋を持ってあぶって急に火をつけてあぶって金づちでトントントントンってしだしたんですよ。
「もうちょっとうまく潰してくれたら直せたのにこりゃダメだな」とかっていう風になんか…。
徹子の部屋 古村比呂&息子たち
あっそうなの。あっさりとっていうかその私が突然鍋を壊した事に…それを受け入れながらうまく返してくれたんですごく落ち着いた。
でもそういう時お母様がね普段そんなおっしゃらない方がガン!なんてやっちゃうのを見るとやっぱりとってもお母様の気持ちがわかるでしょ?
3回目ってのもあるし普段我慢してる事が多いのも知ってるんで。
たまには物に当たってもいいかなっていう風に…。
じゃあそっちには触れないで…。
お鍋直しておけばいいいかなっていう…?
お鍋直んないかなっていうので。フフフ…。
他のご兄弟も割と軽くその「ふーん」っていうのはそれはどういう事で…。拳人君は?
僕は性格がやっぱどっかちょっと似てると思ってるので。
真剣に「そっか」とか心配を出すと多分逆に疲れちゃう人なので「そっか」ってその場では返して。
でもお話とかちゃんと話をしなきゃいけない時はちゃんと話をするようにはしてますけど。
徹子の部屋 古村比呂&息子たち
なるほどね。翔吾さんはどうですか?
あの…1回あれだよね。
LINEで返事をした時が一番多分…。
以前ですね私がちょっと治療に電車で向かってる時に事故があったんですね。その事故をちょっと目の当たりにしてすごく落ち込んじゃったんですよ。
私治療に行けないどうしよう?と思って。
その時に3人にこんな事が起きたどうしよう?治療行けない。
どうしよう?どうしよう?ってLINEをした時にすぐ返ってきたのが次男でして…翔吾でして。
「そんな日もあるさ」って返ってきたんですよ。
アハハハ…!いいわねうん。
それを私見た時になんかそうだよねって。
私1人が大変な治療とか思っててみんなそれぞれ大変な事があるよねってすごくその時に吹っ切れたんです。
でもその時ひと言…随分言葉選んだと思うんだけど「そんな日もあるさ」ってその時の気持ちはどんな感じ?
徹子の部屋 古村比呂&息子たち
あまり見ない光景を目の前にしてなんかすごく落ち込んでるような文面だったんですけど。
やっぱりなんかふっと思い付いた言葉が…その「そんな日もあるさ」という言葉が生まれてきてじゃあそれをそのまま伝えようっていう気持ちになって。
あと…さっき拳人も言ってたんですけど変に心配するとその分すごく落ち込むので。
そうよね。うん。本当ベストワードだなって心の中で。あれが一番。「そんな日もあるさ」。
体の事なんでねイヤな思いするのはあなたじゃない?どっちかっていうとね。
だからそれをみんなよくわかっているうえで多分気を使ってくれて割とそんな日もあるさってさ言ってくれてんだと思うんだけど。
やっぱり心の中では心配でしょ?お母様の事ね。
そうですね。うんそうだと思うよね。
徹子の部屋 古村比呂&息子たち
心配は心配ですね。お母さん1人しかいないんだしね。
でも明るいお母さんでよかったねそう思わない?
三男の大海さんもそう思うでしょ。思います。
そうよね。だいぶ明るいし。
落ちる時は落ちるけど上がりやすいから結構楽…。
フフフ…。楽…楽だよ。
楽?だからあの「BBA」なんて書いちゃったりできるのね。オムレツに…。
書いとけば勝手にテンション上がってくれるから楽っちゃ楽。フフフフ…!ありがとう。
でも三男の大海さんはステーキなんか買ってきて母の日のプレゼントにしてくれたりするんだって?
あっそうですね。ああそうですね。
まあなんか今まで二十歳になる前とかそういう母の日とか誕生日とかに贈り物とかした事がなくて。
じゃあ成人もしたし自分である程度お金も稼いでいるんだったらプレゼントもなんかしようかなっていうのでステーキだったりなんだったり。
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これ何?(大海さん)これマッサージチェアですね。
動くの?(大海さん)動きます。
へえ…。気持ちいいですよ。
気持ちいい?誰が買った?あなた?
大海さんこれ一応自分用っていう事で僕買ったんですけど一応母も使っていいよって感じで。
そうなの?自分用に買ったの?大海さん。
大海さんそうですね。だけどお母様が使ってもいいようにね出かけてる時なんか…。
あっいい写真じゃない?
大海さん座椅子ですね。
初めてバイト代をいただいた時に。
あっそうなの。これとさっきの揺すれるのとは違うの?
大海さんこれはちょっと違います。
これはちょうど初めて再発したあと抗がん剤治療を受けて終わった日だったんですね。あっそうなの。
なのでちょっとこう…その日に偶然これをプレゼントしてくれたんで。
なんか花束をあげたらすごく泣いた時があった…誰があげたの?その花束は。
徹子の部屋 古村比呂&息子たち
さっきの椅子とかそういうのをあげた翌日にそういえば母の日って花を贈ったりするよなと思って。
まあ母の日の次の日なんですけどとりあえず買っていこうと思って買っていったんです。
そしたら椅子とかそういうのを買った時はなんともなかったんですけど花を渡した瞬間に大号泣しましたね。
あっそっちで泣くんだっていうなんかちょっと複雑な…。
女の気持ちはわからない…あんな高いものあげたのにね。
その時は泣かないで。値段とか数とかじゃなくて花でよかったんだなっていうなんか…。
でもそうでもないんじゃない?それはなんで?
いや意外だったんですよね。お花をくれた事が?
うん。なのでそうです思わず…。そうか。
やっぱり椅子やなんかだとそれはうれしいよねもちろんね。
もちろんうれしいし高いものだし。
だけどお花っていうのはちょっと隙間にシュッと入ってくる感情が揺れる。
そうなんです。1本だけで…。ねえ?あっそう。
みんな覚えておいた方がいいそういうのって。
徹子の部屋 古村比呂&息子たち
案外…すごい高いものあげないでも案外泣いてくれるかもしれないしね。
でも男子3人の子育ては本当に大変だったでしょう?
いや…私本当にお母様の朝様もおっしゃってたように育てられたっていう方が大きくて。
本当…。大変っていう思いはなんか…ないんですね。
見てごらんこれ。
覚えてる?小さい時は…。
「覚えてる?」って本当にまだ翔吾は歩いてるか歩いてないかですから2歳か1歳か…。
まだ三男生まれてないのね。生まれてない時ですね。
あら可愛いわね!
大海さんってこういう字書くのね。
可愛いねこれ。見て!可愛い。
可愛い…!すごい可愛い。今こんなんですけど。
今こんなんだけど今も可愛い。大丈夫。
でもよく育っていますねお子さん優しそうでね。
徹子の部屋 古村比呂&息子たち
ありがとうございます。おめでとうございます本当にね。
本当にそう思いますよ。あなた上手に育てたんだなと思う。
普段そんなにいい子じゃなくて今日だけいい子にしてようって思ってもそういうのってテレビって出ちゃうのやっぱりねなんかの時に。だけどみんなの笑い方とか誰かに対してのうなずき方とか見てるといい子に育ってんだなと思いますもの。
これからもお母様を大事にね。育ててくださったんですから。
これからお母様を育てて。優しくしてあげてください。
まだ続くんですよ番組はね。
でもちょっとコマーシャルいきます。
ご長男の拳人さんになんか係の者がお願いして徹子の部屋 古村比呂&息子たちお手紙書いてくださいって頼んだの…。
徹子の部屋 古村比呂&息子たち
はいそうですね。持ってる?
はい持ってます。読んでいただいていい?
わかりましたはい。
じゃあちょっと…。あなた真っすぐ向いててフフ…。
のぞき込まないように。
「母さんへ」
「この度の番組出演に当たってこのような手紙を書く機会をいただきいざ筆を執ってみたのですが困った事に書く事があまり思い浮かびませんでした」
「なんでもない日頃の感謝や普段伝えられない事を書けばいいのだと思っても何をどう書けばいいのやら」
「こういうところは相変わらず不器用ですみません」
「でもこの手紙を書いていて改めて思った事があります」
「自分が19歳の時に母さんにがんが見付かりもうすぐ8年になろうとしています」
「最初は戸惑いどうしていいかもわからず母さんが1人で闘う姿を見ている事しかできませんでした」
徹子の部屋 古村比呂&息子たち
「母さんも周りに心配をかけまいと1人で抱えていたと思います」
「何分僕と母さんは似た者同士で本音や思った事を言わない性格です」
「そのせいでお互いや周りの人たちともすれ違い疲れ切ってしまった事もありました」
「でもいつからか少しずつお互いの思いをお互いが出すようになって不満や弱音愚痴を僕の前で見せるようになったと思います」
「ケンカも増えました」
「でも僕にはそれがとてもうれしかったです」
「大げさかもしれない」
「僕が気付いていなかっただけかもしれないけれど初めて母さんの事がわかったような気がしました」
「最近は時間も合わず顔を合わせる事が少なくなってきたりしていますが以前のように自分を押し殺したりするような事にはならないと思います」
「常々母さんが僕たち3人に言う“自分らしく”でいられると」
徹子の部屋 古村比呂&息子たち
「それは母さんも同じだと思います」
「僕も自分らしく生きる母さんをこれからも見ていたいし自分もそうでありたいと思っています」
「まだまだたくさん3人の事で心配な事があるかと思いますがこれからも古村家らしく生きていけたらなと思います」
ちょっとうまくまとめられませんでしたけどこれで終わりにしたいと思います。
ありがとうございます。どうもありがとうございました。
ありがとうございます。なんか胸がいっぱいになりますね。
ありがとう…。あなた幸せ…こんな…病気になった事はあれだけどもこんなにね幸せに暮らせるだろうっていうさめどが立つじゃない。
こんな性格のいい息子さんたちがいてね。
本当よかったなって思いますよね。
お手紙どうもありがとうございました。
ありがとうございました本当に。
でも本当にあなたは子どもたちにあんまり弱音を見せてないんだね私が見たところね。
これからはもうさらけ出して…。
そうその方がねいいと思いますよね。
徹子の部屋 古村比呂&息子たち

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